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仙台高等裁判所 昭和57年(ネ)339号 判決

第三九九号事件被控訴人、第四二四号事件控訴人

(第一審債権者)

瀬戸藤雄

右訴訟代理人

佐藤和夫

第三九九号事件控訴人、第四二四号事件被控訴人

(第一審債務者)

石川一誠

右訴訟代理人

佐々木泉

長澤由紀子

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

第三九九号事件の控訴費用は同事件控訴人(第一審債務者)の、第四二四号事件の控訴費用は同事件控訴人(第一審債権者)の各負担とする。

事実

(註) 第四二四号事件控訴人、第三九九号事件被控訴人瀬戸藤雄を「債権者」、第三九九号事件控訴人、第四二四号事件被控訴人石川一誠を「債務者」という。

一  債権者は、第四二四号事件につき、「原判決中、立保証を条件とした部分を取消す。債権者、債務者間の仙台地方裁判所昭和五四年(ヨ)第六七〇号不動産仮処分申請事件について同裁判所が昭和五四年一二月二一日にした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも債務者の負担とする。」との判決、第三九九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

債務者は、第三九九号事件につき、「原判決を取消す。右仮処分決定を取消し、債権者の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも債権者の負担とする。」との判決、第四二四号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び疎明の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し原判決二枚目表四行目に「原告」とあるのを「債権者」と、同一一枚目裏五行目に「第一七、」とあるのを「第一五ないし」と、同添付別紙第二目録の九、一〇行目に「(原告)、(被告)」とあるのを「(債権者)、(債務者)」と各改める。

(債権者の主張訂正と抗弁の追加)

1  再抗弁、4相殺の(一)(原判決八枚目裏四〜五行目)に「債務者は前示のとおり、これを下回る金額で売却し、」とあるのを、「債務者は羽黒堂の土地を詐取したことによつて」と改める。

2  右相殺の再抗弁(一)、(二)の次(原判決八枚目裏九行目の次)に、相殺の再抗弁(三)として次の主張を加える。

「(三) 辰雄と債務者は、昭和五一年一〇月二一日、協力して羽黒堂の土地を二億円以上で他に売却し、その代金で本件抵当権の被担保債権の弁済に充てる旨合意し、辰雄は債務者に右売却を委任した。この委任は、売買代金額を金二億円以上、少くとも売買代金から必要経費を控除した上その残金にて六口の借受金債務の弁済をなしうるだけの金額に指定したものである。

しかるに債務者は、右委任の趣旨に反し、債権者に損害を与えた。そこで債権者は本訴において右損害賠償債権を自動債権とする相殺の意思表示をした。」

(債務者の手続法上の主張)

原判決の主文一項は、「原仮処分決定は、債権者において本判決言渡の日の翌日から二週間以内に、同決定記載の保証金の外に、金一五〇〇万円の保証をたてることを条件に、これを認可する。」というものであり、担保の増額を条件として従前の決定を認可する趣旨であるから、債権者が右担保を供しないときは原仮処分決定を取消す趣旨である。そうである以上、原判決は担保を供与すべき期間を定めるだけでなく、右期間内に担保が供されない場合は原仮処分決定を取消す旨を明示し、これにつき仮執行の宣言を付すべきであつた。これを欠いた原判決は違法である。

他方、債権者は原判決の定めた期間内に所定の担保を供さなかつた。従つて仮処分の担保を所定の期間内に供さなかつた場合に準じて、原仮処分決定を取消した上、本件仮処分の申請を却下すべきである。

(右に対する債権者の応答)

1 債権者が未だ原判決が条件とした金一五〇〇万円の増保証を供していないのは事実である。

2 原判決は、(A)原仮処分決定を認可した基幹部分と、(B)条件である保証金額を増額した変更部分、との二つにより構成されていて、(B)の変更部分については上級審において取消を受ける可能性ありとして、或いは、最終的判断は更に上級審での再審査をまつてもよいとの判断のもとに、追加保証をたてなかつた場合でも直ちに原仮処分決定を取消すとはせず、又仮執行の宣言を付さなかつたものと思われる。

一般に、保全命令取消の判決に仮執行の宣言を付すかどうかは異議事件裁判所の裁量に一任されているのである。即ち、異議事件判決の確定前に原保全命令取消の実現により債務者の受ける利益とこれによつて被る債権者の損害を比較し、債務者の利益がさまで大ならざるに債権者は回復し難い損害を被る惧れありとする場合には、仮執行の宣言を付さざるを適当とすること一般の仮執行宣言の必要の要件と根本的に同一である。原判決が(B)の部分についてその形成力に関し何ら触れることがなかつたのは右の趣旨からであると理解することができる。

理由

一本件の原仮処分決定は金一五〇〇万円の保証金を供託させた上で任意競売手続の停止を命じたものであり、当該競売事件は債務者が債権者所有の計六六筆に及ぶ田、畑、山林、宅地、建物等につき有する抵当権(被担保債権額金七五五〇万円、利息年一五%、損害金年三〇%)に基づいて申立てた事件である。

債務者は、原判決は仮処分異議事件の判決として不備、違法である上、債権者において所定の期間内に原判決が命じた追加保証を立てなかつたから、原仮処分決定を取消し本件仮処分申請を却下すべきであると主張する。債権者が右立保証をしなかつたことはその自認するところである。そこで最初に右の点について判断する。

原判決は、債権者主張の再抗弁事実、即ち前記被担保債権の消滅事由は疎明されないがこの点を本案訴訟において審理する必要があるとの理由により、不十分な疎明の補充として債権者が更に金一五〇〇万円の追加保証を立てることを条件に原仮処分決定を認可したものであるが、これに仮執行の宣言は付されておらず、原判決所定の、判決言渡後一四日以内に右の追加保証を立てないときは原仮処分決定を取消す旨の宣言もない。ところで、この追加保証は、本件仮処分の執行、即ち前記競売手続停止の効果を維持するについての条件であつて、認可そのものについての条件ではないと解されるから、原判決による原仮処分決定の認可は無条件になされ、従つてこのことにつき仮執行の宣言は不要である。しかし、債権者において追加保証を立てるべき期限を徒過した以上、同人は本件仮処分の執行を維持しえなくなつたものというべきである。因みに、かかる法律効果は原判決に仮執行の宣言が付されていなくても生じたということができる。けだし、追加保証を条件とする保全処分決定認可の判決は実質的には原決定を変更するものであるところ、変更判決には仮執行宣言を付する必要はない、即ち変更判決は保全処分申請について変更判決の限度で保全処分がなされたと同じ意味を有し、即時に執行力を生ずると解すべきだからである。

然らざれば、本件の債権者は、原判決が確定しない限り、即ち債務者のみが控訴している場合であつても、その確定までは原仮処分決定の無条件認可を得たのと同様の利益を保障されるという結果を承認せざるをえないことになる。

なお、本件の如き変更判決に仮執行宣言を付したとしても、それを必ずしも違法視すべきものとは考えない。それは変更判決が即時に執行力を生ずることを確認的に明確化し、関係者間に生ずる疑義を防止、解消する事実上の効果を期待しうる利点があり、なんら実害はないからである。又右の如く解するにしても、債権者が追加保証を供しない場合原保全処分決定を取消し保全処分申請を却下する旨の主文を併せ掲げるときは、該判決の確定前にこの部分が執行力を生ずることはないと解されるから、この関係では仮執行宣言を付する必要があるが、保全処分執行を維持しえなくなるという法律効果に限局すれば、その効果発生のためには仮執行宣言は不要なのである。

以上のとおりであるから、原判決が保証を立てない場合原仮処分決定を取消す旨の主文を併記しなかつた点に適否の問題が残るにしても、追加保証を条件に原決定を認可する旨の主文に仮執行宣言を付さなかつたのを違法であるということはできない。又、債権者において本件仮処分の執行を維持しえなくなつたといつても、それは実体上そうであるというのにすぎず、この関係で原判決が違法でない以上、本件仮処分異議控訴審の枠内で原判決及び原決定の取消、本件仮処分申請却下の判決をすることは不能であり、債務者としては事情変更を理由に仮処分取消の申立をするほかないと解すべきである。

二本件の被保全権利及び保全の必要性に関する当裁判所の判断は、債権者の主張訂正と追加主張を考慮しても、次に付加するほかは原判決の理由記載と同じであるから、ここにこれを引用する。

原判決一二枚目裏六行目の次に、「債権者は、債務者が羽黒堂の土地を詐取して債権者に対し少くとも九三六一万円の損害を与え、又委任の趣旨に反し債権者に損害を与えたとも主張するが、これらの点についても疎明がない。」を加え、一三枚目表二行目の「債務者のいずれにあるか、」の次に、「その他債権者主張事実の有無」を加える。

三よつて、原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 小林啓二 斎藤清実)

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